鈴木結子ブログ記事

私の仕事物語パート1 努力と成長編 

投稿日:2017年1月4日 更新日:

上場重電機器メーカーでの怒涛の12年。

19歳。やる気も能力も常識もない私が、上場重電機器メーカーの事務員として何となく入社したところから、この物語は始まります。

幸いなことに私を待っていた上司は、人を育てる天才のような方でした。

最初、上司は毎朝「ゆいちゃん、おはよう!」と自分から挨拶し続け、私に暖かい言葉をかけ続けてくれました。すると会社が楽しくなりだし、自分できることを率先してやろうと思えるようになったのです。

今、考えると後に人への働きかけを自らの仕事にしていく下地は、この上司との出会いにあったのかもしれません。

そんな上司の理解と教えに支えられ、技術的な仕事も少しずつ覚えた25歳の私は、全ての取締役が猛反対の中、社長の目にとまり、業界初の女性技術営業職として試験的にデビューすることになりました。

その時、社長と約束したのは「お前が通用すれば女性の営業化を推進する。期限は3年。失敗したらお前の居場所はないぞ。頑張れ」という言葉でした。

私はその言葉に奮い立ちました。

けれど、待っていたのは厳しい現実でした。

女性営業が一般的に稀有な時代。業界初の女性営業は当初は注目こそされましたが、その後は全く誰からも相手にされない日々が続きました。

技術を身につけたと思ったのも幻想で、実際は技術力なし、力仕事が主なのに力もなしという、自分の甘さを痛感し続ける日々だったのです。

そんな中、必死にお客様を観察してみると、お客様が最も困っていることと、それに対して私が役立てることは「時間管理」だと思い至りました。

建物を施工するには、施主、設計事務所、建築会社、電気設備会社等がチームを組んで仕事を進めます。

設計図をもとに打合せをしていくのですが、多くの現場が、急な変更や無理な変更などで担当者が困りに困るのが実情でした。

当然スケジュールはあってなきがごとしでした。

数万点から数百万点に及ぶ部品一つ一つに納期があり、それらが急に変更になることで仕事がまったく進まなくなる事態が日常的に起こっていたのです。

そこで私は、施工管理法を試行錯誤し、この問題を解決する時間管理法を編み出したのです。

題して「針の眼作戦!」

基本的な戦法は「納期をしっかり伝え約束を守らせる」という非常にシンプルなものです。

しかし、これを徹底させることで、まるで「針の目」に糸を通すようにスケジュール通りに仕事を進める細い道が見えてくるのです。

当たり前のように思えるこの方法ですが、忙しくてそこまで徹底できなかったり、約束を守らせるのが怖くてできない営業職が多かったりしたのです。

時に顧客と喧嘩もしましたが、だんだんとこちらの誠意が通じ、私が担当した物件はスケジュール通りに仕事が進むようになりました。

また行政の物件では、優良施工業者が表彰されるのですが、私が担当した物件のお客様が表彰される割合が多くなっていきました。

しかし、好事魔多し。

私はさまざまな「嫌がらせ」を受けるようになってしまいました。

それも社内の人間から。

最も手ごわい「敵」は、身内だったのです。

くわしくは書けませんが、お客様に迷惑が及ぶことも厭わない彼らの嫌がらせから私が学んだことは、自分の足下の結束と基盤を固めることの大切さと、できる限り味方を増やし、物事を大局で見ることの大切さでした。

私はその後、「反撃せず相手に利を持たせる」コミュニケーションを徹底しました。

相手を味方につけて自分の意図することを実現させる方法を徹底したのです。

私のこの方法は、「自分の技術力がすべて」という常識が支配する組織の中では、かえってユニークで力強いものだったと思います。

このような取り組みが実を結び、女性の部下も着々と育っていきました。

そして3年後には私より100倍優秀な新人女性営業が誕生したのです。さらに継続的に女性を営業職に抜擢する路線も決定したのでした。

私はその後女性管理職第1号になり、営業業務のほか、新規工場の立ち上げ、部下の育成業務などに携わりました。

いま振り返ると、この怒涛の12年間で学んだことは、

「常識なんてクソくらえ!」

ということだったと思います。

人はだれでも可能性に満ちています。

常識をとっぱらい、自他の可能性を大きく広げる。

その素晴らしさを、私はこの時代に学んだのです。

(パート2につづく)

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